せいせいかつ日記

大きな声では言えないような話をします。

姫初②

親に抗いたいという反抗心も相まって、私は支度を始めた。


彼の巧妙な口車に乗せられたと取られるかもしれないが
おそらくこのときに言っていたことは本心なのだと私は思った。
彼は不器用で女心の分からないやつである。
もし私を意図して乗せたのであれば、
むしろその調子で今後も私を喜ばせてほしいとすら思う。


とは言え…



多分触れてはくるだろうな。


ただ並んで話をするだけなんて絶対無理だ。
いや私が無理なんじゃなくて向こうがね?


散歩しようと呼び出されてラブホに連れて行かれたり、
少し話そうと言われて外でセクハラされたりでそのへんの信用はない。


私も満更でもないし、結果的には構わないんだけど
性欲の捌け口としてお気軽に召喚されていると思うとやるせなくなることはある。


こういう関係になる前は、
よくスーパーのフードコートで延々と駄弁るとか、近所の公園を徘徊するだとかそんなことばかりしていた。
今二人で会うと彼は、童貞ぶっていた頃とはちょっと違う雰囲気を漂わせている。
本来こっちが本当の彼なのかもしれないが、
知れてよかったかと聞かれると答えに詰まる自分もいる。


まあ話が逸れたが、
おそらく部屋に行ってしばらくしてそういう空気になるのはまず間違いないだろう。
あるいは本当に何か話したい用件でもあるのか?


一人であれこれ考えながらそっと書き置きを残して、
私以外が寝静まった我が家をコソ泥顔負けの慎重さで後にした。


付近まで来たことを連絡すると
寒さに肩を竦めながら彼が家から出てきた。
ここでどんな言葉を交わしたか全く思い出せないが帰宅後、
ろくに新年の挨拶をせずに別れてしまったことに気づくのだった。


玄関の扉を開けると1階は真っ暗で、当然ながら人の気配は全くなかった。
足を踏み入れ階段の先を覗き込むと、半開きの戸から暖かな灯りが漏れている。
二人分の足音だけが暗闇に響いた。


前回来たのは夏。
空調が故障していて汗だくになりながらみんなでひしめき合っていた場所に
今は重量感のあるやかんが乗せられた古めかしい石油ストーブが居座っていた。
あと違うことと言えばベッドが片付けられていないこと…


彼は入って早々どかっとベッドに腰を下ろした。
ここで隣に座ってはさすがにあざといか?
と余計なことをちらっと考えたが、
私が荷物を隅に置くと
ベッドに座っていいよ、
と言明されてしまった。
まあ、他に座るとこもないしここですよね。


言われた通り隣にいくと、
この部屋何もないけどね!
と私が何か言うより先に前置きして苦笑した。
何か話すことがあるわけでもないし、
と続けたので伝えたい用件がある線は消えた。
暇だし家族いないし誰か呼ぼう!と思い立っただけで、実際何も計画はないんだろう。


いや、ヤる計画だったんだな、
でも私生理だから。すまんな。


彼はほんとに私に話はないらしく、ほっといたら黙り込みそうな気すらしたので
適当に部屋を見回して質問したり正月にあったことなんかを話した。
そうやって雑談をしていると、彼が腰に手を回してきた。
お〜来た来た、いつものやつ。


二人きりで過ごしていて触れない道理もないのだろうか?
毎度こういう風にじりじり距離を詰めてきて、最終的にはセックスまでなだれ込むのである。
しかし、今日は私が生理であったことが頭を過ったらしく
だめだ、俺すぐこんなことして、
と回した手をぱっと離した。
いちゃいちゃくらいはできるんだけどなぁ。


別に構わないけど最後までできないもんね、
と苦笑いを返しつつ話を続けたのだが
やはり普通に大人しく座っていることはできないらしくそわそわしていた。
挙げ句には
俺の脚の間に座って、
と提案され、移動すると後ろからぎゅっと抱きしめられた。
おお、なるほど、これは楽しい。


うわーこれどきどきするな!
とはしゃいで見せると、
こんなことしてたら彼氏に怒られるな、
と言って私の顔のそばで笑った。
言いながら手は離さないのだが。
もし怒られるとしたら何もかも今更だよ。
ちなみに怒らないから大丈夫だよ。


すると彼は何かを思い立ったのか立ち上がり、
部屋の灯りを消した。


そしてまた所定位置に戻って私を抱き直した。
目の前にあるストーブの火だけが部屋をほんのりと暖色に染める。


なんか、急に部屋の雰囲気変わるね、
ストーブが良い味だしてる、
と私がコメントすると
分かる、
でもこうなるといよいよ変な気分になるな、
と耳元で微かに笑った。


戦犯だろ。

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