せいせいかつ日記

大きな声では言えないような話をします。

慰み②

大学の合否が出た後、彼女は私に連絡してきた。
その頃私の方の合否は既に出ていて、いち早く春休みを満喫しているところだった。


彼女はめでたく志望校に合格した。
長い受験期がここで終わったのだ。
一息ついたところで近いうちに会う約束を取り付けた。


彼女の彼とのやり取りはポツポツ不定期ながらに続いていた。
彼女が受験を終えた今、私はお役御免だろうと思い、あえてこちらから連絡をするということもなかった。


しかし数日経ち、彼の方から連絡があった。
「彼女は大学に合格したのだろうか?」
と。
前期で決まらなければ中期、後期が控えている。
不合格だとすれば言いづらくて連絡してこないということも十分に考えられる。
彼からは彼女に聞くことができなかったのだろう。
私から伝えて良いものかと思ったが、彼の催促に負けて結果を伝えると、当人かというくらいの歓喜ぶりだった。


こんなに彼女を心待ちにしていた彼に友人はなぜ伝えていないのだろう。
許可もなく結果を伝えてしまった後ろめたさもあったので、すぐに友人に連絡して謝罪したあとに理由を聞いてみた。


要約すれば
受験で燃え尽きていて彼氏のことを考える余裕がないとのこと。
まぁそういうこともあるのか…?
私はいまいちピンときていないなりに彼女の言うことをなんとか咀嚼した。
彼氏が随分不憫だが、こればかりは時間の問題だろう。
そう結論づけていたが、事はそう簡単でもなかった。


友人に会って久々にゆっくり話したが、彼女の心境はなかなか拗れていた。
受験期、さらにはそれ以前から積もり積もっていたものが、受験という重圧の解放と共に爆発していた。
彼のことで時間を割きたくない、と彼女は言った。
自分のために時間を使いたいと。
彼と過ごす時間はもう自分のためのものではないのだ。
またよく聞けば、彼の受験態度にも納得がいかず、本人が妥協して地方に行くことにも苛立ちを感じているようだった。
そんなこと言ってやるなよと私は思ってしまうが、
一番近くで彼を見てきた彼女にはいろいろ思うところがあるのだろう。
さらに言えば、こんな心境では遠距離恋愛になることへの覚悟もへったくれもないのだった。
私は時間の問題などと悠長なことを考えていたが、彼女の中ではいつ別れを告げるかというところまで話が進んでいた。
確かに好きでもない男にいつまでも恋人面をされてはたまらないという主張も分かるが…


結局このときは結論を慌てて出さなくてもと宥めておいたが、私の言葉を聞いているようには見えなかった。


それからしばらくして2人は別れた。
彼女が彼に手紙で切り出したらしい。
その後の彼女の対応は酷いもので、別れを告げたのを良いことに彼からの連絡をすべて無視し、SNSのつながりを断った。


友人を近くで見ていた私には彼女の思うところが分からなくもなかったし、彼女が全て悪いとはとても言えなかった。
別れることこそが時間の問題であったのかもしれない。
しかし、それにしてもあまりに酷いのではないか…?
彼は待っていたのに…


彼の肩を持つつもりは毛頭ない。
仲を取り持つなんていう思い上がったことをする気もない。
とはいえ彼を可哀想だと思った。


彼は当然ながら落ち込んだし、発狂したし、自暴自棄のような発言をしたりした。
なにせ3年は付き合っていた彼女に理由も不明瞭なまま別れを告げられたのだから。
ついこの間までの無邪気な彼はどこへやらだった。


そこからの流れは実はあまり覚えていない。
彼を励まそうと慰めの言葉をかけたり、話を変えたりして過ごしたような気がする。


そのときに彼の手術痕の話になった。


彼の胸には幼少期の手術でついた生々しい切り傷がある。
これは水泳の授業でも何度か見たことがあるし、彼女の話にもごく稀に出てきた。
彼女はこれがあまり得意ではなかったようだった。
手術の影響なのか、彼の心臓部を間近で見ると脈打つ鼓動に合わせて皮膚ごと動くらしい。
切り口は隆起し、今は異質な皮膚となって彼の胸に張り付いている。
この話をするときの彼女の顔はどことなく引きつっていたものだ。
一方の私には、傷痕フェチという相手の顔をさらに歪ませる性癖があった。
傷痕フェチと言っても生傷は違う。傷を増やす趣味もない。
まさに彼にあるような、いつだったか分からないくらい前にできた今は痛くもなんともない傷「痕」が好きなのだ。
すごく神秘的なものに見える。
人間の生命力が時間をかけて塞いだ痕。
しかしどう見てもそれ以外の部位とは違う、異質で異様な痕。
悪趣味と言われるが、これを見たり、触れたりするのが好きなのだった。
どういう流れか、私はこの話を傷跡を持った本人に話した。


すると彼は
見てみるか?
というようなことを言って写真を送ってきた。
なんとなく乗り気な感じだった。
私は気を良くして
いいなぁ、触りたいなぁ
みたいなことを言った。
そんなやり取りをしているうちに、どういうわけか私は彼の家に行くことになったのである。


先に言っておくと、
これからの一連の出来事について友人に申し訳無さや後ろめたさは
正直感じていない。
ただし、彼女にこの話をする日は生涯来ない。
墓まで持っていく所存である。

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